秀光通信 5

2018.07.23 ブログ

『高校未履修問題について』
久々の秀光通信です。今回はタイムリーな話題を。世間を騒がせている「高校の未履修問題」についてです。

そもそも「未履修問題」が出てきたのが、地方の公立トップ校が最初だったという点を考えると、「ゆとり教育」の矛盾がそこに見えるようです。ゆとり教育以降、高校に入ってくる生徒のレベルは年々低下しています。一方、大学側が求めるレベルは従来通り。その差を埋めるのにどれ程の時間が必要か。絶対的に時間が足りないのです。まして、公立は土曜日がお休みと来ては……。入試に不要な科目を無視したくなるのは当然でしょう。

朝日新聞「わたしの教育再生」(11月9日夕刊)で、カリスマ予備校講師として知られる細野真宏氏が述べています。

「ゆとり教育も見直さねばならない。毎年痛感するのは、教えている子どものレベルが確実に下がっていることだ。ゆとり教育の根本的な間違いは安易に学習内容を減らしたことだ」。

全く同感です。ゆとり教育以前でさえ、中学数学の得意な生徒が高校数学の質の高さと量の多さについていけなくなるという例がしばしば見られました。それが、中学の履修範囲であった学習内容が高校へ丸投げとなったゆとり教育以降、高校数学の跳び越えるべきバーはさらに高くなっています。かつてなら中学で与えられたはずの棒を持たずに、棒高跳びの試合に挑むようなものです。

秀光では最低限その棒を与える授業をやっています。「公立中学の普通の生徒を中学卒業時には中高一貫校と同等のレベルにまで持って行く」という秀光の授業内容はそれを意味します。中学数学から高校数学へ緩やかな傾斜で上がっていけるようになっています。

しかしその秀光生でさえ口々に訴えるのが高校数学の難しさです。「中学は楽だったのに」「レベルが段違い」「いや、それ以前に教師の言っている意味すら不明だ」「授業といっても教科書を読むだけ」等など。周囲にいる公立中出身の友人の多くは、すでに一年生にして数学を捨てている状態だそうです。 分かるような気がします。「高校数学は解答、解法を見ても分からないから生徒は悩む」と私は言い続けてきました。一つの式から次の式がなぜ出てくるのか、その行間が見えないまま、フルスピードで授業は進みます。ただし、これは高校数学のもつ困難さというべきで、ゆとり教育以前も以後もその本質は変わっていません。違いは、かつてはその困難を自らの努力で克服できたのに、現在の公立中、高の流れの中では本人の努力だけではそれが不可能だ、ということなのです。つまり、棒を持たない棒高跳びです。

このままでいくと、公立中から公立高ヘ進学する生徒にとって、大学入試とは結局私立文系しか考えられないということになってしまいかねません。オーバーだと思いますか。「高校未履修問題」の着地点としては、とんでもない場所まで運ばれたとお思いですか。仕方ないでしょう。何しろ「棒のない棒高跳び」なのですから。
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